難病ブロガーの元祖せりとも(@seri_tomo)です。
先日、自民党の杉田水脈議員(@miosugita)が月刊「新潮45」に『LGBTは生産性がない(子供産めない)からその人たちに支援(税金投入)するのはいかがなものか』という旨の寄稿をして大炎上。
現在、当事者団体は抗議、杉田議員の殺害予告まで出るわで超カオスになっていますが、生産性がないから助けないという風にしてしまうと、医療も科学も文明も一切発達しないで人類は滅亡します。
目次(読みたい所まで飛ばせます)→
生産性があるから、ないからではない
今回の問題で、「LGBTだって生産性あるしょ~」という議論が出てますが、問題は生産性があるかないかじゃないのです。
「LGBTは生産性がないから支援すべきでない」という暴言に対して「LGBTでも生産性のある人がいる」という反論が沢山RTされていた。
どう見ても同じ罠にはまっている。
「①LGBTは生産性がない」
「②生産性がない者は支援すべきでない」これらの論理を同時に批判しなければダメだ。罠にはまるな。
— 望月優大 (@hirokim21) 2018年7月23日
これは本当に、ライターの望月優大さん(@hirokim21)が仰ってるとおりです。
生産性があるかないかで考えてしまったら、それこそ、LGBTじゃなくても異性同士の夫婦でも子供産めない身体の人は生産性がないから支援しないとなってしまいます。
これって、
↑
僕のこの記事の後半にも書きましたけど、生産性がない人は助けないっていうのはイコール、
「障害者や難病患者は働けないんでしょ? なら社会の役にも立ってないのに、健常者が払ってる国民の税金で養ってもらってるんだよね? そこまでして生きたい? それだったら死んだ方がいいよね。」
って言ってるのと同じなんですよ~。難病になって働けない僕にも国は支援しません宣言ですよ。
議員がそれを言っちゃあおしめえよ。
LGBTも難病患者も障害者も自分の趣味でなったわけじゃないのだ
えっとですね、まず、杉田議員は「新潮45」に、
『LGBTはそういう性的嗜好で「普通」からハズレてるわけ。私は女子校だったから女子校時代は周りに女子しか居ないから恋愛が疑似恋愛みたくなっちゃって周囲の女子に好きな気持ちが向けられることもあったけど、それはその時だけそういう環境だったからで学校卒業したあとはみんな「普通」に異性と結婚して子供産むがな。そんな「普通」じゃない性的嗜好の人(LGBT)をなんで税金使って助けなきゃあかんのじゃ』
という旨を書かれております。
杉田議員のこの主張だと、そういう生産性のない趣味の「普通」じゃない人は自らそういう趣味の人なんだから知らんがなってことなんですよ。それは違うよぉ。
LGBTって、先天性なんですよ。お母さんのお腹の中にいた時のホルモンの影響でLGBTになるのです。
だから、後天的な趣味じゃないんですよ。
例えば僕は「普通」(← ごめんね、皮肉でわざと使ってます)の異性愛者ですが、
と人から勧められても絶対にイヤです。僕は女性としか出来ません。
LGBTの人は生まれた後になってから、「そっかぁ、同性愛もいいなぁ♡」と思ってそっちに行ってるわけじゃないのですよ。元々生まれつきなんです。
だからそれは難病になってしまった僕もそうです。そういう遺伝子を持って生まれてしまった。
障害者として生まれてきてしまった人も同じくですよね。
LGBTって、人が13人いたら1人いるぐらいの割合で多いので、これは認めなくちゃアカンとなって、現在世界で急速に認知せよと動き始めたのです。
じゃあ後天的に障害者や難病患者や同性愛になった人は自己責任だから助けなくていいよね?
生まれつきでLGBTや障害者や難病患者であるのならば仕方がない、そういう人を差別するわけにはいかない。
ほな、後から不注意とか不摂生とかで障害者や難病患者や同性愛になった人は別に助けなくてもいいんじゃない? っていう議論が今度は起こりそうですよね。
入っていっちゃダメな危険な所で遊んだから事故って身体不自由になったとか、不摂生したから難病になったとか、後になってから同性愛の愉しみを覚えてしまって杉田議員の言うような「趣味」になったパターンがあったとした etc...
そう、『自己責任論』ってやつです。
思えば、今井紀明さん(@NoriakiImai)らが2004(平成16)年にイラクで人質になった時からこの国は『自己責任論』が活発になってしまいましたが、自己責任だから助けないよっていう理論もダメダメなのだ。
自己責任だから助けないってしてしまうことは、究極に言うと「風邪引いたのはアンタの自己管理不足なんだから病院で診ないよ」ってのと一緒で、一切人は人を助けないということになってしまう。
これってもう人類滅亡するコース一直線なんですよ。人生で一切の過失も無く病気もケガも絶対にしない神様みたいな人しか生き残れない理論ですね。
でも、人間であれば誰一人そんな人はいません。
人は絶対的に弱く、それを認めて助け合ったからここまで文明が発達した
杉田議員の今回の主張が「優生思想だ」って批判されているのがまさにそれなんですけど、人間ってそもそもこの世界である意味最弱なんだってことをベースに考えないとダメなんです。
だってだって、僕らって自分で飛べないでしょ? この時点でハエ以下です。
フィジカル(身体)面では圧倒的に最弱なんです。
でもそれでもここまで文明や科学・医療が発達したのは、人間が脳が発達していたおかげでその弱さを補うために構築したものであって、それは人類のベースが非常に弱いものだったからです。
最初からもしも人間が強い存在だったらそれに甘んじて「進化」などしなかったです。
フィジカルだけではありませんね、この地球上の生物最大の脳を持った人間でも、「間違える」という弱さも持っています。
腹出して寝てたから風邪引いたんだから自己責任だから病院では診ないよ。天候悪い時にわざわざ山登りして遭難したんだから助けには行かないよ、という社会にはなっていないですよね。
人間の弱さはフィジカルの弱さだけではなく、上記のような人間の判断・決断の弱さ、あやまち・失敗するという弱さもヒトである限り逃れることはできません。
人間社会はそれを全て認めて対応してきたから、地球最弱からここまでの文明・科学・医療を持つことが出来ました。
じゃないと人類は原始時代に滅びてました。マンモスやライオン以下のフィジカルしかないからヒトは喰われて終わってました。
ヒトは地球上最弱なので生物として自己責任で滅亡ということです(笑)
LGBTも障害者も難病患者も、ヒトという在り方の一つを表現している価値ある存在
ですので、人間というのは、全てのありとあらゆる形が認められるべきなのです。生産性があるとかないとかじゃないのです。
LGBTも障害者も難病患者も子供授からなくて困っている夫婦も、ヒトという一つの在り方をこの世界に表現している価値ある存在なんですね。
どのような状況の人であっても、価値があるのです。それはこの人類のより良い発展と進化のためにね。
じゃあなんで度々杉田議員のような問題が起こるかというと、今の人類は産めよ増やせよのみが「発展」のための仕組みになっていて、人口増やして納税額も増えないと国家としてやっていけないとあせりまくっているわけです。
杉田議員もその毒に侵されてしまったのだと思われます。
あせりにあせってるのですよ。産んで(人口も税収も)増やしてくれって凄いみんな言って毎回炎上するじゃないですか。
一億総活躍社会って国が言い始めたのがまさにそれ。
国のあせりだけじゃなく、国民一人一人も疲弊しきってます。
日本の働き方はブラックだらけだからそれで参ってしまって、制度で守られる弱者を叩くという構図もそれです。
人間の創り上げた資本主義システム近代国家の限界が来ているのです。新しい「発展と進化」の方法を考えねばなりません。
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さて、次は何を書こうかしらね…。ネットは広大だわ。