
ブロガーの元祖せりとも(@seri_tomo)です。
日本中のみなさんがご存知のとおり、西城秀樹さんが亡くなりました。
お通夜や告別式も執り行われたのですが、その葬儀で配布した記念品がネットオークションで転売されていると世間から大批判されていてテレビのニュースにもなっていました。
これに関して僕は、その個人の所有物に一度なってしまった物はその個人がどうしようと勝手だと思っています。
僕の体験談も交えて説明しますね。
こういう人にオススメの記事です☆
- 西城秀樹さんの葬儀の記念品を転売するなんてとんでもない! と激おこぷんぷん丸の人
- このような転売はけしからんから法整備などして規制すべきだと考えている人
- 感情論や倫理観を優先して糾弾・規制してしまう顛末がどのような社会になってしまうか知りたい人
目次(読みたい所まで飛ばせます)→
西城秀樹さんの告別式配布品の転売問題とは?
これはもう、ググったら続々とネットニュースの記事が出てきます。
西城秀樹さんのお通夜と告別式で、記念品が配布されたんですね。
それが早速メルカリとかヤフオクというネットオークションで出品され、
って世論で大炎上して、テレビのニュースでも取り上げられたよって話です。
で、どういう状態なのかちょっと掘り下げてみますと、お通夜と告別式で一般参列者向けに、西城秀樹さんの2014年のコンサート写真が入った「西城秀樹さんありがとうポストカード」が2万枚配布されたのです。
と思うでしょう?
もちろんそのポストカードも出品されていたんですけど、驚くべきことに関係者向けのみに配られた豪華版の配布品一式までもがストア出品されていたのです。
- 「西城秀樹さんありがとうポストカード」
- 「お礼状」
- 「西城秀樹さんの還暦記念CD(心響-KODOU-)」
- 「ハウス食品のバーモントカレー」のセット
という関係者向けの豪華セットまでもが、古物商許可証を持つストア(個人ではなく業者)が出品したんですね。
これはどういうことかと言うと、西城秀樹さんの関係者にしか配られなかった豪華セットの方の記念品を、その関係者がわざわざ業者の元に持ち込んで、代理で売って欲しいと頼んでネットオークションで売ってもらってるってことなんですよ。
この問題、物凄い騒がれてるんで、僕も一瞬、テンバイヤーが儲けるためにバイト雇って葬儀に参列させて、たくさん記念品持ってこさせたのかなぁと思ったのですが、豪華セットは関係者のみへの配布ですもんね。
これではテンバイヤーが自分達の力で入手できる物ではありません。それか、業者が西城秀樹さん側と何かツテがあったのか…。
いずれにせよ、関係者が業者に持ち込んで代理出品してもらってるのは、自分自身で出品したら身元が分かっちゃうからでしょうね。
だから、業者にマージン取られてもいいから代理で出品してもらったというわけです。
個人の所有物はその人がどうしようが勝手だと思ってる僕も、さすがにこれはそこまでするか(^_^;)と思いましたが、でも、それでもね。
それでも、これをダメってしてしまうと、この世の中何も出来なくなると思うんですよね。
一度個人の所有物になった物はその人に全ての権利が発生すると痛感したキッカケ
ここからは全部僕の実体験恋愛エピソードになります。
僕が幼少の頃から親の暴力や酷い過干渉を受けて精神が崩壊しメンヘラ化、それに加えて経済観念すら無い両親の浪費や家の新築で作った1億近い借金までも僕が整理して、それでも親の浪費が止まらず自殺寸前まで追い込まれ、終いには難病になってしまったという僕のエピソードは、
詳しくは↑この記事をぜひ読んでもらいたいんですけど、まぁそんなわけで僕は生まれてこのかたずーーーっと極限状態なわけですよ。
常に人生いつ何時もフルスロットルで追い込まれているわけです。
だからこれから打ち明ける思考回路、行動をすることになっちゃうんですけど、実体験恋愛エピソードになりますが、僕が昔付き合っていた彼女もメンヘラちゃんだったんですね。
メンヘラ×メンヘラの、メンヘラカップルです。
なんでその彼女もメンヘラちゃんだったかと言うと、やっぱり親の方針がおかしくて北海道の極寒の冬なのに自分の部屋にストーブ置かせてもらえなかったりとか色々あったようでして…。
北海道の冬って普通に氷点下二ケタとかいくんですよ? それで暖房ナシですよ?
彼女、あれは虐待だったって言ってました…。本当に虐待です。
彼女には弟さんもいるんですが、その弟さんもやっぱり精神がおかしくなっちゃって、一時期入院してたって…。
精神的な病で入院ですから、よっぽどです…。
ホント、酷い親って子供を潰しますね…(-_-)
それでも彼女は頑張って勉強して看護師になり、田舎の実家を出て僕が住む街に一人暮らしで生活をしていました。
これ、分かる人には分かってもらえるかな~。
メンヘラはメンヘラを呼ぶんですよね。類は友を呼ぶってやつです。
僕もメンヘラ畑出身なんですけど、彼女が僕と出会って付き合う前に、彼女はアル中DV男と付き合ってたんです。
一人暮らしの彼女の家に転がり込んでほとんど同棲みたいな感じっぽかったらしいんですが、毎回泥酔して帰ってくるわ、家の中で吐きまくるわ、暴力を振るうわで酷かったみたいで…。
なんでそんな酷い男と…って感じですが、まぁそれがメンヘラゆえに、別れずにくっついちゃうんですよね…。
ただでさえ元々メンヘラだった彼女は、そのアル中DV彼氏のせいでさらに精神崩壊し、メンヘラ度が加速。
普通にうつ病にもなりまして、家の中はその彼氏のせいもあってグチャグチャ。
さすがの彼女もその男との付き合いは限界が来て別れ、その後僕と付き合った後も彼女は病み続けてましたから、家の中を片付ける・掃除するということがほとんど出来ず、女の子の家なのにトイレが茶ばんで刑務所の便器みたくなってました…(刑務所の便器をリアルで見たことはありませんが)。
僕と彼女はメンヘラ同士なのでとても些細なことで傷付け合い、喧嘩もしつつ、僕が掃除したり食器全部洗ってキレイにしたりと、少しでも快適な家の中になるように努力しました。
洗ってませんでした\(^o^)/
台所のシンクに洗わずにぜーんぶ置きっぱなしで山積みでそのまま延々と…。
バイオハザード7に出てくる家の台所のシンク…というほどまではいきませんが、中々のものです。
普通、使ってない食器って洗い済みで棚に置いてあるから、棚から出せばすぐ使えるじゃないですか?
でも、彼女の家のはそれも使う前に一度洗ってからじゃないと危険です。
やっぱり、精神が本当にやられてしまうと、最低限片付ける気力すら無くなるんだなってのが分かりますね…。
彼女の家の中の悲惨さは片付けられてない・掃除されてないことだけではなく、日常で最低限必要な物すら揃ってないところです。
例えば、テレビが無い。
今の若い人ってテレビ一切見ない人もいて、全部ネットで済ますんだ~っていう人もいるのでそれならいいのですが、彼女は別にそういうつもりでテレビを断捨離していたわけではなく…。
てか、今思うとネットにつながったパソコンも無かったような…。
パソコンが彼女の家にあった記憶が無い…。
当時はまだガラケーの時代だったんで、スマホすらなくガラケーだけでした。ガラケーのバッテリーのフタの裏に二人で撮ったプリクラ貼ってる時代でした。
テレビだけじゃなくて、例えばタオル掛けすら無いわけです。
だから手を洗ったりシャワー入る時に、タオルの置き場所すら無くて不便でしょうがないわけです。
そんな彼女の家をなんとかしようと僕は奮闘しました。
当時、ちょうどこれから完全地デジ化になる手前って時代だったので、僕の家にあったもう古くてこれどうしようかなっていうブラウン管テレビを彼女にあげたり、僕の家で余っていた突っ張り棒を一本持ってきてそれをタオル掛け替わりに横に設置したりと、僕の自宅の余り物を持ち込んでは彼女に色々とあげていました。
もちろん僕の家族に無断で彼女にあげてしまうわけにはいかないので、これも彼女にあげるから持って行っていい? これもいい?と何度も何度もやっていると…
って、めっちゃ不審がられました。そりゃそうだ…。
僕は、
という、全く回答になってない返事を毎回して、自宅にある物を色々彼女にあげ続けました。
僕の父には、なんだか尽くしているだけのような…みたいな風に言われたりもしてましたが、尽くしていると言っても僕のマネーで新しい物を彼女にプレゼントしているわけではないという部分に注目です。
なぜなら僕もお金が無いから。
僕はとにかく生まれながらに家庭の事情がこんな風だったので、自分だけはお金の管理をしっかりしようと、無駄な物には一円も金かけませんみたいなスタイルが徹底してたんですよね。
僕はお酒もタバコも一切やらないので、そのお陰でクルマ好きの僕は新車も買うことが出来たのですが、買ってしまうと今度はやっぱり維持費やローンがそれなりの金額なので、余計それで他の物には一円たりともお金を使わないようにしていたのです。
そんな時期に彼女と付き合ったものですから、デートしててもホントにお金を一円も使おうとしない僕に、
と、彼女が言うぐらいだったのですが、実際そうで、スタバ好きの彼女がなんとかフラペチーノを飲んでいても僕は水道水を飲んでいたぐらいでした。さすがに水道水はウソですが。
でもホント、それぐらいの状態でした。
だから彼女の家で使う物も、新品を買ってプレゼントするというのではなくて、自宅にある余り物を全部あげていたわけです(^_^;)
そんなこんなしているうちに、メンヘラ×メンヘラ同士の僕らカップルは、互いに互いを傷付け合ってそれが止まらなくてお別れすることになりましたとさ。めでたし…めでたし…?
そこで事実上、守銭奴みたくなってしまってる僕が彼女に言った言葉が、
でした(^_^;)
あげた物を全部取り戻そうとしたんですね…(^0^;)
その時に彼女から言われたのが、
それで、「あ…、確かにそうだな」って凄く納得したんですね。
僕の独りよがりだったなと、確かにあげちゃった物はもう彼女に全部権利があるよなって凄く納得したんです。
僕がこうやって当時スタバにも行かない、別れたから今まであげた物全部返してねって言うような思考になっているのは、結局自分に金銭的余裕も気持ちの余裕もホントに無いからだったんですね。
ほんの少しでも取り戻そうとしているわけです。
それでも、あげた物の権利はもう全て彼女にあるんだってことが凄いその一言で納得して、「確かにそのとおりだわ、ごめん」で終了したのです。
よくよく考えたら僕がその前に付き合ってた彼女からもらったヴィトンの財布は別れる時に返せとは言われなかったし、別れたから返却しなきゃいけないとも自分は思ってなかったしで、別れた後でもありがたく10年間使い続けていたのでした。
さすがブランド品。ヴィトンは本当に丈夫です。
個人の所有物をその個人がどう取り扱うかについて規制はできない
これで凄く思ったのが、別れた彼女に金目のものをプレゼントしていたら、別れた後にそれを売りに行く事だって普通にあるわなって思ったんですよね。
僕が彼女にあげたのは完全地デジ化されたら不要になるブラウン管テレビだったり、突っ張り棒とかの日用品ばかりでしたけど、これが高価な指輪をプレゼントでもしていたら、
っていうのもそりゃ普通にあるわな、と。
それと今回の西城秀樹さんの問題の違いってなんですか?
だって、僕が彼女にあげたその高価な指輪だって(あげてません)、プレゼントした時にはめっちゃ彼女が好きでめっちゃ彼女の気持ちを自分に惹き付けたくて、ホットな熱い愛を込めて汗だくになって鼻水たらしながらプレゼントしてるわけじゃないですか。
それだけ彼女に強い気持ちがあったというわけです。
じゃなかったらそんな高価な指輪買いません(買ってません)。
それでも残念ながらその後別れちゃったら、その指輪を元カノがネットオークションに出品することだってあるわけで。
そしたら、世間は、
って騒いでくれますか? 朝のニュースで取り上げてくれますか? してくれませんよね。
ということは、亡くなっているかどうかというのが基準なんですか?
それじゃ、もし高価な指輪をプレゼントした後に彼氏が事故で亡くなったとしたら?
独り残された彼女がもしその後、指輪を売ったら? もう世間は大ブーイングですか???
つらい過去と決別したくて、前を向いて生きていくために手放す(売る)ことも普通にありますよ。
なんでもかんでも全部取っておくことが正義なのでしょうか?
松崎しげるさんは西城秀樹さんの記念品のバーモントカレーは永久保存版で食べない。それをずっと残しておきたいって気持ちだと仰っていましたが、食べたっていいんですよ。
(ちなみにこのバーモントカレー、パッケージに秀樹さんの写真でも載っていれば箱だけでも取っておきたいというのは分かりますが、特に西城秀樹さんが写っているとかでもなし…。)
亡くなったかどうかが基準であれば、歴史に名を残している故人の画家の名画なんて今もガンガン世界中で競売にかけられてますが、これも遺品の転売ですよ。
これとの違いはなんですか?
ぜひあなたも検索して確かめてみてほしいんですけど、今、ヤフオクで【西城秀樹】って検索すると、約3,099件出品されてるんですよ。
これは葬儀の配布品が3,099点出品されているということではなくて、西城秀樹さんのあらゆる商品が合計3,099点出品されているということです。
CDだけではなくて、とにかくありとあらゆるグッズが出品されてます。もうかなり古くて今じゃ手に入らないレア物だってガンガンあります。
これらの出品には誰も騒がないのに、今回の葬儀の記念品の出品には大騒ぎ。
この違いはなんですか?
葬儀の記念品を売るだなんて秀樹さんの気持ちを考えろと言ったら、それ以外の出品物だって全部、西城秀樹さんは生前、芸能人生をかけて一生懸命に作った商品だと思いますよ。
CDだって心を込めて歌ってレコーディングしたでしょうし、ポスターとかその他グッズで写ってる秀樹さんも、一生懸命にファンのために喜んでもらいたくて撮影した写真が使われていると思いますよ。
「西城秀樹さんの気持ちを考えてほしい…」と言うのであれば、秀樹さんの今までの全商品が、秀樹さんの気持ち入ってますよ。
でも、葬儀の記念品以外の出品には誰も何も言わない。
この違いはなんですか?
昔ファンやってたけど、今はもうそこまで熱が入らなくなったってのは全然ありますよね。
ということは、時間の経過が基準ということですか?
それじゃ、今回テレビニュースにまでなった葬儀の記念品だったら、今後いつ出品したら冒涜にはならなくなるんですか?
「あの時葬儀でもらったポストカード、もう◯年も経って西城秀樹さんへの思いも薄れてきたから、手元に置いておくのもアレだし、グッズとして出品しちゃおうかしら。」
これだったら世間は許してくれるんですか? ◯年って、何年だったらいいですか?
こうやって考えていくと、個人の所有物を売却することに基準なんて絶対に設けられないと思うんですよね。
「人の死を金に換えるのか!」って怒ってる人も凄いネット上で見かけましたけど、そうしたら西城秀樹さんのベストアルバムがこの後発売されたらそれも死を金に換えてますよ。
だって死んだから総集編出したんですから。しかも、少しでも売ろうと思ってバージョン違いで何枚も出るかもしれませんよ~。
#安室奈美恵 ちゃんのBD or DVD各5種類発売ってエグいよね~
最後にファンから金むしり取るぞ、みたいな💧
全部観たかったら44000円かかる😰せめて若干お得価格にした5種類まとめたBOXがあれば良心的だけどそれも無し
僕ちゃんのブログって、資本主義怖いっていうのが裏テーマなんだけどまさにそれ
— ブロガー元祖せりとも@5記事でグーグルアドセンス合格!ブログの内容書籍化&映画化しよう【せりログ。】 (@seri_tomo) 2018年6月4日
僕は難病ですけど、いろんな病気で不幸にも亡くなるというお涙ちょうだいエピソードの小説とかドラマとか映画、凄まじい数ありますよ?
みんなそれ感動したとか泣いたって言って喜んで観てますよ?
それだって人の死を商売にしてることに入ります。
浅ましい!って怒っている人は、これらにも全部怒っていますか?
それこそ、葬式だって人の死のビジネスです。
だから、こうやって考えていくと一つだけ明確な基準は、個人の所有物はその個人が売却しようが捨てようが勝手だということだけだと思うんですよね。
社会発展に寄与し、個人の財産を個人が自由に取り扱える権利を維持していこう
冒頭にも書きましたように、関係者にしかもらえない豪華セットの記念品を、しかも業者を経由してまでお金に換えようとしている関係者が何人もいるというのはさすがの僕も、う~ん(^0^;)とは思いましたけど、結局それだってその個人の自由でもう止められないことです。
「何のために焼香に行ったんですか?」って騒がれてますけど、焼香と、もらったポストカードの個人の取り扱いは分けて考えるべきだと思いますよ。
冒頭に書きましたように、一般向けのポストカードは2万枚もの数が配布されたんです。
2万人もいれば、いろんな人がいます。
それはそれはもうハンパじゃない熱狂的なファンでショックで立ち直れないよって人もいれば、そこまでではないけど好きですって人もいるだろうし、もしかしたらたまたま葬儀会場が自分の家から近くて参列しやすかったからって人もいるかもしれませんよ。
そうしたら、西城秀樹さんグッズに対する熱量だって人それぞれだと思うんですよね。
2万人もいれば、もう西城さんのグッズだったら全部集めちゃうわ! 一つも手放さないし、自分の墓にも入れてもらうの! っていう熱狂的な人もいれば、葬儀には参列したけど、ポストカードは別に…って人もいるかもしれない。
それこそすぐ捨てちゃったって人もゼロではないと思います。
そういう時に、ただ捨てるだけじゃ本当にもったいないから、遠方で来られなかったファンに譲った方がWin-Winってことでネットオークションって機能するんですよね。
でも、自宅に帰ってすぐ捨てた人は可視化されないけど、ネットオークションに出すと可視化され、しかも金に換えるという行為もあって、騒がれるんです。
僕は難病になる前はオールジャンルで毎月何かのコンサートに行っていましたが、たまに、もうチケットが完売した後にそのライブの存在に気が付いて、仕事で行けなくなってしまったからとヤフオクでチケットを出品した人がいたから自分がライブに行けたってこともありました。
もちろん、人気のライブチケットが転売屋に高額転売されて問題になってるのも分かっていますし、アーティストがチケット高額転売反対って共同声明出しているのも知ってますし、それこそ安室奈美恵ちゃんのファイナルツアーでは運転免許証とかで本人確認が徹底されていました。
それも分かるんです。分かるんですけど、そうなってくるとどうしてもやむを得ず行けなくなった時に誰にも譲ることができない…。ただ一万円がパァになって終わるという状態です。
それだったら、他に行きたい人がいたら譲りたいです。その方がWin-Winです。
だから、今回の西城秀樹さんの葬儀のポストカードだって、ドライに考えたらそういうものだと思うんですよね(例え換金目的であろうとしてもね)。
この件のヤフーニュースのコメント欄(ヤフコメ)も見たのですが、「けしからん! 法整備しろ!」、「規制しろ! 法整備だ!」っていうのが凄い書かれてましたけど…。
法整備って、世間の感情の基準でできるんなら、それじゃ同情できる理由があれば人殺しても罪にしないって世間の感情でしてもらえますか?
この記事に書きましたけど、僕は酷い両親に追い込まれて自殺寸前だったんです。
でも、自分だけが死ぬことを考えていたと思いますか?
そうです、両親を殺してやりたいと何度想像したか分かりません。
あまりに浪費が止まらない母親に、僕は包丁を突きつけて振り回したことさえあります。
安心してください、本当に刺し殺そうと思ったわけではありません。
威嚇のために意識的にわざとやりました。ショックを受けて改心してもらえるかと思ってのことです。
実際に傷付けたわけでは一切ありません。いわば意識的なパフォーマンスでした。
こんなことをするほどの極限状態だったんです。
でも、世間では実際に親を殺して捕まったってニュースであふれかえってますよね?
葬儀の記念品を売却するなんてけしからん! 法規制だ! ということが感情で実現できるんだったら、僕が親殺ししたって免罪になるように世間の感情で法整備してくださいよ。
個人の所有物を自由に取り扱えなくしてしまう法整備をするだなんて、
僕の↑この記事に書いた、引用に許可が要らないというのはこの社会を発展させるために先人達によって編み出された非の打ち所がない仕組みなのに、それでも個人的な感情を優先して自分には事前に断りを入れなさい、モラルだ、マナーだ、浅ましいからと自分ルールを設けるやり方は、せっかくの社会発展に寄与する合理的な仕組みを全て無にしてしまうことと一緒です。
それでも浅ましい! と言うのであれば、あなたが働いた分の給料をもらうことも浅ましいから、あなたはボランティアということで、その給料は難病で働けなくなってしまって収入が途絶えてしまう僕に全部ください。
有識者 ワタミ説 pic.twitter.com/WitMjeodaL
— 空乱 (@kuranqq) 2018年5月22日
誰だってお金に困ったら、自分の所有物は売却してお金に換えて食っていきますよ。目の前にある自分の物がお金に換えられるんなら換えますよ。
それにどうやって曖昧な基準を適用して規制するんですか?
それ、私刑と同じですよ。
決して僕が極限を体験したから極論を言っているわけではないのです。
社会発展に寄与する合理的な定めも、個人の財産を個人が自由に取り扱う権利も、感情優先で全てを失うことになり、自分で自分の首を絞める社会を実現することになってしまいます。
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さて、次は何を書こうかしらね…。ネットは広大だわ。